京都外国語大学・京都外国語短期大学

言葉が教育を変える

  • 外国語学部日本語学科
  • 森 篤嗣 教授
  • 2021.07.02

時代とともに変わる日本語教育

もともと日本では、書き言葉(文語)と話し言葉(口語)に大きな違いがありました。文字を読むためには、文語文法を学ばなければならず、読めるのは特権階級の人たちでだけでした。しかし、明治20年頃には二葉亭四迷などが口語で小説を書き始め、言文一致を促しました。その当時は学制が整い始め、庶民も学校へ通えるようになったのですが、どうしても文語文法を勉強しなくてはならないという訳ではなくなったのです。

現在、高校の古典の授業で文法を学ぶのは、我が国の言語文化の知識として最低限の能力を身につけるため。実際に話している言葉とは違う文法を習っているわけです。今なら漢字の読み書きが、同じようなこと。スマートフォンで変換して正しい漢字を選ぶだけなので、漢字を書くことは、文語文法と同じようにその必要性が徐々に減っています。このように、時代によって必要な言語教育は変化していくものです。

言葉を分析することで見えてくるもの

私は、日本語教育と国語教育について、さまざまな研究をしています。その中に、「コーパス」を用いた研究や「談話分析」があります。まず、「コーパス」とは、雑誌や新聞などの文章を集めたデータベースです。これにより、実際に言語がどう使われているのかを分析すると、言語の実態に即した日本語の教え方ができます。

たとえば、外国人向けの日本語教育への応用です。初級では基本的に文法ではなく、挨拶などの決まり文句を文型で教えています。その文型の中の一つ「てある」を例にあげてみたいと思います。

「てある」は、「料理は作ってある」「シャンパンは買ってある」など、準備を表す言葉として教えられていました。しかし、コーパスで調べてみると、「てある」が使われる頻度が一番高いのは「書いてある」でした。ほかにも「置いてある」「貼ってある」など、準備よりも存在を示すときに使われることがほとんど。実態に即していないことがわかりました。

ほかにも、学校の先生が授業でどんな話し方をしているか調べる「談話分析」という研究もしています。その結果、同じ指示内容であっても、肯定的な言葉と否定的な言葉を使うのとでは、生徒が受け止める印象や、反応はまったく違うものになることがわかりました。このことから、言葉が教育運営を大きく変えるのではないかと考えています。

日本語学科では、海外日本語教壇実習を積極的に行っています。「何回旅行したとしても、その国のことを知ったとは言えない」とよく言われます。海外で日本語を教えることで、その国の文化や人とふれあい、旅行だけでは経験できない国際交流を経験できます。卒業後、全員が日本語教師になるわけではありませんが、その貴重な体験は一人ひとりの将来の糧となることでしょう。

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