京都外国語大学・京都外国語短期大学

支えられてここまで、
これからも教師として

  • 京都外大西高校 1年学年主任
  • 外国語学部 日本語学科 2009年度卒業
  • 光村 直樹 さん
  • 鳥取県 由良育英高校 出身
  • 2026.03.16

18年目の教員として感じること

教員という仕事に就いて18年目を迎えましたが、時間が経った実感はあまりなく、つい昨日のことのように感じています。特に心に残っているのは、1年目に女子バスケットボール部で指導していた生徒が3年生になり、引退をかけた最後の試合を迎えたときの出来事です。相手は非常に強く、勝敗はすでに決まっていましたが、長い間けがで試合に出られなかった3年生をラスト1分で送り出しました。その瞬間、3年生全員が同じ舞台に立ち、ベンチの1・2年生は涙を流して見守る中、皆がその生徒にパスをつなごうとしました。その光景は、これまで見てきた中で最も美しく、今も忘れられない場面です。このエピソードは、後にその生徒の結婚式のスピーチでも語りました。卒業後も教え子との縁が続き、人生の節目に関われることを嬉しく感じています。仕事をするうえでは、生徒が「この学校に来てよかった」と思えるよう、日々向き合っています。せっかくこの学校を選んで入学してくれた以上、できる限り全員がそろって卒業してほしいというのが私の願いです。卒業するときには、「他の学校の方がよかった」ではなく、「京都外大西で3年間過ごせて本当によかった」と思ってもらえる学校でありたいと考えています。

教師の道へ、恩人たちに背中を押されて

教師になったきっかけは、高校時代の恩師に勧められたことでした。当時の私は、教師を「一番なりたくない職業」だと思っており、大学入学当初も教職課程は履修していませんでした。転機となったのは、大学1年次生の夏休みです。地元に帰省し母校を訪れた際、当時の顧問だった国語科の恩師と再会しました。「教職は取っているのか」と尋ねられ、「取っていない」と答えると、長い時間をかけて話をしてくださり、最後に「お前は教師になる器や。絶対に教師になって帰ってこい」と言われました。教師という仕事に対して自分でふたをしていた私が、その一言によって初めて真正面から向き合えるようになりました。恩師への信頼もあり、「この人が言うなら間違いない」と覚悟を決め、大学2年次生から教職課程を履修し、教師を目指すようになりました。その後、大学3年次生で鉄板焼き店のアルバイトを始め、店主夫妻から仕事の責任や社会人としての姿勢を厳しくも温かく教えていただきました。今も交流が続き、教師になったことや昇進を喜んでくれる存在です。高校時代の恩師と店主夫妻という二人の大人に背中を押され、支えられた経験が、現在も教師として歩み続ける原動力となっています。

学びと出会いにあふれた大学生活を

京都外大での専門科目の授業は少人数制で、教員の指導が手厚く、気さくな雰囲気の中で学ぶことができました。大人数の授業が多い総合大学とは異なり、専門分野を丁寧に学べる環境が整っていることが大きな魅力だと思います。そのため、今でも当時の授業内容は頭にしっかりと残っていますね。また、勉強はやはり大切で、多くの人が後になって「もっとしておけばよかった」と気づきます。どれだけ努力している人でも、そう感じるものだからこそ、今できる勉強には取り組んでほしいです。ただし、勉強だけに視野を狭めるのではなく、大学生として与えられる自由な時間も大切にしてほしいです。人生はどこで変わるか分からず、何気ない一言や出会いで価値観が大きく変わることもあります。そのため、常にアンテナを張り、さまざまなことに目を向けてほしいと感じます。目の前にあるチャンスに気づき、それをつかめる大学生活を送ってほしいです。

 

※掲載内容は取材当時のものです

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