京都外国語大学・京都外国語短期大学

トライ&エラーの精神で

  • 英米語学科 2年次生
  • 抓揉 仁哉 さん
  • 奈良県出身

海外で幼児教育を

僕は母の影響で、小学生の頃から戦争と平和について学んできました。

「平和って、死に直面せず、衣食住が整い、人間らしく暮らせる平穏な社会なんじゃないかな」。小学5年生の時、ふと考えたことを今でも覚えています。

きっかけは高校2年の保育の授業。ここで「人間の脳が一番発達するのは2歳頃」だと教わった僕は、「この時期に十分な幼児教育を行えば、人を思いやる感性が養え、平和構築につながるんじゃないか」と考えました。授業では、1年間かけて挨拶をテーマにした絵本を制作し、バングラデシュの孤児院へ寄付。この活動にやりがいを感じた僕は、海外で幼児教育ボランティアを始めようと決めました。

不条理を痛感

大学に入り1年次の夏休みを利用して、僕はボランティアツアーに参加しました。インドネシア・バリ島中部の観光地ウブドに10日間ホームステイし、現地の幼稚園・孤児院で日本語指導や食事の調理などをサポート。子どもたちとふれあい、充実した日々でした。

ある夜、ボランティア仲間と買い物に出かけました。京都の新京極商店街のような、観光客が多く往来するにぎやかな通りです。そこで一組のホームレスを見かけました。母子のようでした。母親はうつ伏せで手を差し出し、そばで横たわる3~4歳の女の子は一点を見つめていました。

にぎやかな往来でひっそり物乞いする彼女らを、視界に入っていないかのように観光客は歩いています。僕は幼稚園・孤児院にいる子どもたちと同じ年頃の子が物乞いする姿を見て、言葉を失いました。仲間たちを見ると、特に気にもせず談笑しています。「助けたい、でもどうしたらいいかわからない」。僕は何もできないまま、暗い気分で母子の前を通り過ぎました。

運命の不条理を直視した僕は、ショックを受けただけでなく、自分の未熟さと不勉強を痛感。帰国後、「人の役に立ちたい。自分にできることは何だろう」と、考える日々が続きました。

自分探しの途中

転機は2017年2月、通訳ボランティアセミナーへの参加でした。このセミナーで、客室乗務員を目指す他大学の女子学生と知り合ったんです。3年次生だった彼女は、目標に向かって努力を惜しまず、粘り強く取り組む人でした。そんな前向きな彼女と話すうち、自分が今、“壁にぶつかり立ち止まっている”ことに気づきました。「悩んでても仕方ない、前に進まなあかん!」。とにかく行動し、視野を広げよう。いろいろな人と話して、価値観を学ぼう。そうすれば、自分がどういう人間かわかり、進む方向が見えてくるんじゃないかって。

そこで3月、人との対話を目的に、奈良・東京間をヒッチハイクで移動。乗車した車は2日間で7台、乗せていただいた方に必ず質問したのは「学生時代にやっておくべきこと」。“勉強しなさい”“もっと遊べ”といった声が多く、これからの学生生活の参考となりました。また、より多くの人との出会いを求め、居酒屋や衣料品店の接客アルバイトも始めました。

2017年8月にはセブ島のボランティアツアーに参加し、ストリートチルドレンへの食事提供を行う予定です。また、海外にある寺院での幼児教育ボランティアに向けて準備も進めています。今はまだ模索の段階ですが、人の役に立ちたいという思いは変わりません。自分なりに何ができるのか、探していこうと思います。

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